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2007年9月

2007.09.30

いじめを斬る

おニャン子クラブ解散20周年を過ぎて、すっかり秋めいてきました。暑さ寒さも彼岸まで、と言いますが、おニャン子ファンから言わせていただくと、暑さ寒さも代々木まで、って感じでしょうか。今回は世相・社会問題をズバッといっちゃいたいと思います。

毎日のように大きなニュースが飛び込んできますが、どのニュースよりも以前から注目していたニュースが2つあります。いずれも少し前に、ほんの少しだけ話題になりました。1つは相撲の時津風部屋でのいじめ殺人です。これは6月に起きています。2つめは7月に起きた兵庫の私立滝川高校でのいじめによる自殺です。

共通しているのは、世間に事件の真相が広がるまでに2ヶ月もの時間があったことです。

時津風部屋の件では、亡くなったお弟子さんの実妹さんがお兄ちゃん子だったそうで、ご遺体が自宅に戻ってきたときに絶叫されたそうです。亡くなった時、ネットのニュースを見ていたのですが、胸がつまり、やり場のない怒りを感じました。そしてそのときのニュースで、既にご遺体には激しい暴行を物語る傷が無数があったということが報道されています。にもかかわらず、事件になったのは2ヶ月もしてから。

私立滝川高校の件も同じです。当初の報道から、いじめを匂わせるような遺書があったことを言っているのに、事件になったのはつい最近のことです。こちらは既に同じクラスから3人もの逮捕者を出しています。

さらに共通しているのは、当初からネット上の一部では、明らかな犯罪である、関係者を裁け、という声が大きくあったことです。

さらにさらに共通しているのは、加害者である親方・学校経営者ともに、事件を隠蔽しようとした卑劣な根性の持ち主ということです。厳しい言い方ですけど、生に値する心を持っていないと思います。

被害者の悔しさはいかばかりのものか。本当に腹が立ちます。いじめをすることとそれを隠そうとする根性、こういうものを育てる社会・気違いは完全に抹殺しない限り、いつの世にもはびこっているのでしょうか?経済力だけを崇め奉る完全競争資本主義社会が行き過ぎているから、こうなるんじゃないかな?と私は思います。資本主義はいいんですが、欧米人の考えや心情にしか馴染めない完全競争までも無理に取り込んでしまった。その歪が社会の、人間の心の、歪になっていると思います。未成年の犯罪が多いのは、そこが大きい。完全競争資本主義を止めないのなら、犯罪に対する裁きは恐怖にしかならないくらいの厳罰を与えないと、社会のバランスが保てなくなるように思います。

世論を動かす、国を動かす人に善人は1人とていないと思います。最高裁判所判事とて同様です。そんな社会だから、これ以上悪くなることしかないでしょう。あらゆる予言者が人類の滅亡を語るのは、戦争ではなく、人間が腐ってきているから、今の人間社会が崩壊すると読んでいるのかもしれませんね。

時津風部屋の親方・私立滝川高校の経営陣・いじめ加害者、それら全員にこれから被害者以上の苦しみが未来永劫まで続くことを心から願います。

滝川ルネッサンス、という言葉が、某超巨大掲示板群で話題になっています。別にちゃかしている言葉ではありません。生に値しない心を持った人が、自分の学校の生徒が自殺した翌日に全校生徒の前でほざいた言葉だそうです。あきれました。ほんと。

で、茶化すわけではないんですが、紹介するのは、永遠のアイドル、我等が渡辺美奈代のセカンドアルバム「HOPPING」のB面4曲目「いじめないで」です。竹内まりやの「けんかをやめて」にしようかと思ったんですが、止めました。止めた意味は特にないです。

「いじめないで」は4枚目のシングル「PINKのCHAO」のカップリングでもあります。

渡辺美奈代ですから、いじめないで、と言っても、先に書いた陰湿なものではありません。こんな歌い方、美奈代ちゃんにしかできないな~、という甘えた声で歌い上げています。他にも同様の曲はあるんですが、この曲、アイドル全盛だから作れたんだな、というコンセプトですね。このアルバムの私のベストはA面2曲目の「異国のタンデム」です。曲調は全く異なりますが、こちらもなかなかです。

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2007.09.20

夢の逃避行

タイトルの言葉、もう死語ですよね。でも今から20年前の今日はまさにそんな感じでした。

今年のように9月に入っても蒸し暑い日が続いていた1987年の9月、私は一浪の身で、個人経営ですが、優秀で非常に暖かい先生の指導で評判の、小さな予備校と家を往復する日々を送っていました。当時はパソコンなど高嶺の花、ネットも当然ありません。暇つぶしのための懐の余裕なんぞない身分ですから、本当にそこそこ真面目に浪人生活を送っていました。

が、6月のおニャン子クラブ解散宣言、そして8月の夕やけニャンニャン終了と、私にとっては衝撃的な出来事が相次ぎ、心神喪失状態と言っても過言ではないくらい、抜け殻状態で、勉強の成果は全く見られませんでした。が、一筋の灯りを頼りになんとか頑張っていました。

一筋の灯り、それはおニャン子クラブのファイナルコンサートに東京まで行くことです。

当時、既に引っ越してバラバラだったのですが、小学4年生頃まで同じ一角の家に住んでいた幼馴染(当時、21歳・20歳・私19歳)の3人組が半年ほど前から、おニャン子をきっかけに遊ぶようになり、そしてそれを極めたのが、親バレしないように内緒で東京までファイナルコンサートを見に行くことでした。今、思えば、頼むから行かせてくれって言えばよかったんですけどね。一応、予備校の友達の家に遊びがてら勉強がてら泊りに行く、ということで家を出ました。

9月19日の夜10時半頃、神戸の須磨を出発、阪神高速から名神高速、そして東名高速へと車を走らせました。車は当時全盛だった赤のファミリア、フェンダーミラーをこれまたドアミラーに変えるという、定番中の定番です。今から20年前の車ですから、下り坂でアクセルべた踏みで180キロが出るには出るけど、かなりコワい車です。車中のBGMは勿論全ておニャン子。途中、いくつかのSAで休憩を取り、9月20日の夜明け頃に海老名SAに到着。東京を目前に仮眠を取りました。

仮眠後、用賀ICを降り、遂に都心へ。コンサートのある国立代々木競技場第一体育館の近く、渋谷の宮下公園の駐車場に車を止めて、またまた仮眠です。当時は1日最大1000円、みたいな料金設定の駐車場なんてありませんし、場所が場所なので、帰るときに車を出すまでの駐車料金が1万円!くらいだったと思います。高速の片道料金ぐらいかかっていました・・・。

ここで私は別行動に出ます。高2・高3と付き合っていた彼女が東京に引っ越していたので、超定番ですが、渋谷ハチ公前で待ち合わせ。記憶が定かではないのですが、昼ごはんでステーキを食べたかと思います。目的が彼女ではなく、おニャン子ということで完全に呆れられていましたが、それなりに楽しく過ごせました。別れ際に「コンサート楽しんできてね」といって大きく手を振って別れたのが、とても印象に残っています。私なりの淡い思い出です。

と、わたしがデートなんかしてる間も、他の2人は近くをブラブラ、車中で仮眠をしておりましたが、いよいよコンサートへ向かいます。残念ながらチケットの都合で、2人は9月20日の昼の部、1人は夜の本当のファイナル、と分かれてしまい、私も昼の部を見ることになりました。

今年と同じく、9月も下旬というのに、夏のような日差しと蒸し暑さ。開演2時間前というのに、会場周辺は凄い人です。炎天下、待ちました。そして入場、開演。実は地元関西で8月18日19日20日とファイナルツアーがあり、すでに5回も見ていたのですが、本当のファイナルは構成が全く違います。時間は倍近く、オールキャストの超豪華モノでした。物凄い盛り上がりで、鳥肌モノの感動。一生の思い出になりました。本当のファイナルは後日LDで完全にコンサート全編を収録したものが出ましたので、こちらでじっくり見ました。というか、いまだに見ていますw

本当のファイナルに参加した1人を待ち、帰路へとつくのですが、渋谷の宮下公園の駐車場で、車を用意してくれた幼馴染が友人とバッタリ会いました。白のシティターボ・ブルドッグをかっ飛ばしてこれまた関西から登場です。目的まで同じという偶然にちょっと感動です。

翌21日、また蒸し暑い日でした。昼頃、自宅に戻り、シャワーで汗を流してから、予備校へと向かいました。何事もなかったように装い、でも心は充実して。

この直後から、なぜか成績が急上昇。二浪覚悟でしたが、偏差が15以上も跳ね上がり、人並みの大学に無事合格できました。気持ちが吹っ切れて、集中力が高まったのかな?と思います。それでも入試までの間もおニャン子関係のコンサートやイベントには行ってましたよ~。懲りずに。

と殴り書きのように文章を打ちましたが、この3日間のことだけで、本1冊書けるくらいの思い出や思い入れがあります。一生、忘れることのない、夢の逃避行です。あれから20年も経ちましたが、あの3日間を超える日は1日もなかったです。

20年目の今日、また有志が日比谷野音に集結します。今まで1度も参加していないので、行きたかったのですが、家庭持ちのサラリーマンには難しいですね・・・。でも死ぬまでに1度でいいから、一度行きたいです。今日行く皆さんは思う存分に汗を流し、声をからして盛り上がってください。

おニャン子クラブ万歳

※今回は戯言ですので、スルーしてください。想いが文章に出来ないです・・・。

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2007.09.16

迷走する日本

仕事して家に帰ったら、安倍さんが辞めてました。皆さんもびっくりされたのではないでしょうか?ご本人の説明、ニュースの解説者や政治ジャーナリストみたいな人の話も何が本当なのかわからないですね。私は単純な人間なので、行き詰って精神的なストレスがこれ以上増えて心身が破綻する前に身を引いた、だけと思っています。だから後先考えずに中途半端というか、とんでもない時期に辞めざるを得なかったのかな?と。

国内政情も安定してませんが、アメリカもほんとに火種の尽きない国ですよね。戦争したがりまくり。確か夏ごろまでは官僚レベルくらいで、イランと前向きな対話をしてたかと思えば、今、政治家は「早く戦争しようぜ」モード。軍事産業が多く、そこで製造される兵器を使わないとダメなんですよね、在庫がたまっっちゃうから。廃棄でもしたらいいのに、わざわざ人を殺すために使うんだから、意味不明です。テロ(というかイスラム原理主義過激組織)との戦いもベトナムなんか比較にならない泥沼状態。ベトナムは手を引いたら終わりですが、テロは終わらないでしょ、これからも。

アメリカは世界の景気にも非常に大きく影響しますから、とても厄介です。さすがに皆さんも覚えたであろう「サブプライムローン」問題。調べていただいたらわかるかと思いますが、えげつないことしまっせ、ホンマ。お陰でここ3年くらいは好調だった日本の株式市場もやられちゃいました。私は昔買った株式を売買を一切せずに放っているのですが、評価額が100万ほど下がっちゃいました・・・。まあ10年くらい前なんかと比較すれば、しっかり上がっているから、いいと言えばいいんですが。でも国内政情と世界景気の不透明さを考えると、素人には売買できないですね、怖すぎです。

最近、ネットで見て気になったのは「中国も戦争をしたがっている」ということ。ただ、あまりにもリスクが大きいから身動きはしないけど、本音はそうらしいです。流し読みしていたので詳しく覚えていないのですが、北朝鮮・韓国・台湾・日本(=アメリカ)が絡んでいる話だったかと思います。そりゃあリスク大きすぎますよね。それと比べりゃあ、アメリカ-イランなんか可愛いもんです。

戦争に比べればまだマシですが、これから物価も上がっていくらしいですね。バイオ燃料による消費や世界人口増、そして異常気象による収穫高の不安定さによって、食物の価格が上昇していくとか。コワいです。上昇幅は10~20%くらいっぽいんで、外食を控えたり、上手に買い物をするようにして、多少は回避できそうです。

物価は上がっても不動産は微妙な空気があるようですね。日本(というか特に大都市圏)の地価上昇を引っ張ってきたアメリカ企業が、自国のサブプライムローン問題もあって、手を引いているらしいです。首都圏は顕著で、すでに地価上昇率に急ブレーキがかかっているそうです。建築資材の高騰もあって新築不動産はここ3年くらいでかなり高くなっていたので、みんなが不動産を購入する=お金の回転が良くなる、ことを考えるとこれはいいことかな?と思います。首都圏の新築マンションは15年振りの高値らしいですから、そうなると手を出しにくくなりますからね。ちょっと安くなって欲しいです。

ちなみに私は、自宅を7年前に購入→2年半前に買い替え、で安く売って多少の損はしましたが、ほぼ底値で良い物件を買えたので、上手に乗り換え出来ました。当時はすごい損した気持ちでしたが、最近の急上昇を考えると、ほんと良かったと思っています。たまたまですが、不動産も素人には売買は難しいですね。これから売買をお考えの方はじっくり選んで、価格もそうですが、本当に欲しい物件を見つけるまでは慎重に動くのも一策かと思います。不動産の難しいところは、悩みだしたら永遠に売買できない、ところです。私も買い替えの時に色々悩んで担当者の方に相談していたのですが、その時に幾度となく聞かされました。終わってみれば、ほんと言葉通りでしたよ。

話が逸れてきましたが、安倍さんが辞めたので、先々どんなことがあるのかな?と少し思っただけでも、色んなヤバい話が次々と浮かんじゃいました。ヤですね、ほんと。

暑さがなかなか抜け切れていませんが、ショーウィンドーはもうすっかり秋色です。私も気持ちは一足早く次の季節に移っていますね。今、よく聴いているのはaikoの「秋、そばにいるよ」です。中でも2曲目に収録されている「赤いランプ」がお気に入り。aikoらしい元気さを感じさせてくれます。おっしゃ、がんばろ、みたいになります。

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2007.09.09

過ぎゆく季節

忙しさにかまけて、新しい記事のアップが伸び伸びになってきました。って何か前回もこんな枕でしたね。

相変わらず昼も夜も暑く真夏と錯覚しそうですが、見上げた空、頬に当たる風、空気のにおい、五感で感じるもの全てが暦通りに秋の訪れを知らせてくれています。暑さ寒さも彼岸まで、と言った昔の人は粋なものです。もうしばらく残暑と仲良くお付き合いをして、去り行く夏を楽しみたいと思います。

夏、といって思い浮かぶアーティストは沢山いますよね。サザン・TUBEなんかは20年とか30年も前からずっと夏に活躍する超大御所ですが、一時期は彼らと同じ勢いだった、そして今でもしっかり活動している夏アーティストの、去り行く夏を感じさせてくれる曲、杉山清貴の「SHADE ~夏の翳り~をお勧めしたいと思います。

徳永英明ほどではありませんが、透き通るような高い声質なので、耳当たりの良いソフトな曲がイメージとして浮かぶ方も多いかもしれませんが、パンチのある曲もなかなかいいんですよ。もともと「杉山清貴とオメガトライブ」で3年ほど活動したのち、ソロデビューとなったのですが、ソロになった途端に、パンチのある曲をリリース・ヒットさせたように記憶しています。杉山清貴自身は、ソフトなイメージで手堅く儲けつつ、こういう曲をもっともっとやりたかったから、ソロになったのかな・・・とも考えたりしたこともあります。

この曲はソロになってから4枚目のシングルで1987年8月のリリースになります。一浪の身分であるにも関わらず、おニャン子の最後の夏を追っかけつつ、二度と来ない夏の終わりをこの曲で感じたものです・・・なんて思い出すと、いつまでも印象に残る曲っていうのは、年齢を問わず青春を謳歌するかのような、何かに楽しく熱中しているときに聞いていた、という条件が必須ですね。20代になってからも、30代になってからも、そして60、70と歳を重ねても、そんな素敵な音楽との出会いがしたいです。

この曲の豆知識としては、12インチシングル(まだレコードですね…)としてリリースされたのですが、いわゆるマキシシングルとしては、オリコン史上初の1位獲得を果たしています。また、この曲の冒頭は、プールで泳ぐ音→プールサイドにたどり着く→ラジカセの蓋を開ける→カセットを入れる→蓋を閉じる→再生ボタンを押す、という音がはいっているのですが、今、聞いてみると、このラジカセを操作する音が懐かしく愛おしく感じられます。が、10代の人なんかは「何この音?ウゼーw 」なんて思うかも。

今は軽いボタンに触れるだけで、カセットテープやレコードやCDといった目に見える媒体ではなく、半導体に記録された音楽が流れます。とても便利なんですが、何かが足りないような冷めたような気持ちになることがあります。携帯電話も便利ですが、同じような気持ちになります。

便利がどんどん浸透していくのと反比例して人と人とのつながりも寒々しいものになっていくような気がするのは、私だけでしょうか・・・。

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