勝者と敗者
キャンディーズ>ピンクレディー>おニャン子クラブ>>>>>>>>>モーニング娘。
先日、キャンディーズの解散30周年のイベントがあったと、ワイドショーでも大きく取り上げられました。昨年9月におニャン子は解散20周年だったので、当然と言えば当然ですが、集まられたファンの方々は私よりもひと回り上の世代のようでした。それにしても、正直うらやましいです。
30周年という節目とは言え、あれだけの規模でイベントが出来るというの は、ファンの熱い思いあってこそ、と改めて実感しました。私は遠方ということもあり一度も参加出来ずにいるのですが、おニャン子クラブのファン有志の方々も毎年9月20日に代々木に集まっています。キャンディーズに追いつくためには、あと10年の歳月が必要なわけですから、自分の今の年齢や生活を考えたら、唸ってしまいます・・・。
ファンにしてみれば全く問題にはならないとは思うのですが、どうしても比較されてしまう女性アイドルグループの序列、ここにて明確になりましたね。そうです、モーニング娘。の凄まじい転落っぷりです。もう脱帽です。
驕れるもの久しからず、盛者必衰の理は今も変わりありません。それを冷静に受け止めて、商業的に先が見えてきた、あるいは本人の気持ち、を判断材料にして、最後の花道を作ってあげるのがプロデューサーの親心なのかな、と思います。
キャンディーズはメンバーの強い意志でした。ピンクレディーは海外進出の不振やファン(というよりは大衆?)離れで自然と人気が衰退、そして最後の花道を後楽園球場で飾りました。おニャン子クラブも人気の翳りがはっきりしてきた頃、突然の解散宣言、そして3ヵ月後には解散コンサートで花道を飾ることが出来ました。この3グループは、終わりよければ全てよし、まさにその言葉通りです。今もって根強い人気があり、ファンも確実にいます。厳密に言えば、キャンディーズ、ピンクレディーは国民的アイドルのような存在でしたが、おニャン子クラブはそこまでの存在ではなかったのは事実です。これはキャンディーズ、ピンクレディーには逆立ちしても勝てない理由でしょう。
そしてモーニング娘。です。最初はおニャン子同様に狭い世代のファンを取り込んでいましたが、人気が爆発、おじさんでも好きな人はメンバーの名前を1人ぐらいは言えるくらいの国民的アイドルになった、と当時は思いましたし、おニャン子は勝てないな、と少し淋しさも感じました。
ところが、解散をする気配もなく、メンバーをどんどん入れ替えて、今となってはメンバーの名前もわからない、全くの別グループ。
なぜそうなったのか?そうです、昔よりは多少緩和されていますが、アイドルにはご法度の恋人発覚オンパレード&喫煙&できちゃった婚、とありとあらゆることをメンバーの皆々様がしてくださいました。そんなことが発覚する度にメンバーは去り、ファンも去り、そして誰もいなくなりました・・・。
メンバーの在籍する所属事務所は締め付けがかなり緩く、タレントの管理が全く出来ていない、ということが原因として大きかったようですが、プロデューサーの鶴の一声で何とか出来なかったのかな、とかなり悔やまれます。そのプロデューサー、私と同世代なので、正直腹が立ちます。己の私利私欲に走ってたんじゃないのかな、と。
と私は思います。キャンディーズ・ピンクレディー・おニャン子クラブのように、時代を超えてもなおファンを引き付けるようなグループを目指すのであれば。このままフェードアウトしていくと、「アイドルとは思えないようなスキャンダル出しまくりで消えていったよねw」くらいでしか思い出してくれないですよ。それって惨めじゃないですか?つんくさん。
でも知ってました?今でもリリースする曲は結構上位にランクインしてるんですよ。でも聞いたこともないし、話題になることもない。不思議だ・・・。
ということで、今から22年前、1986年4月21日に発売された、おニャン子クラブ4枚目のシングル「おっとCHIKAN!」をご紹介です。
フロントメンバーが、セーラー服を脱がさないでからの福永恵規&内海和子が引っ張りつつ、デビュー前の城之内早苗、人気ブレイク前の永田ルリ子、位置づけが未だによく分からないけどコアなファンがいた横田睦美、という微妙な構成でした。
テレビで歌うとき、最後に城之内早苗が一言発します。そしてみんなでポーズ。何を発していたのか、お分かりの方は今でも十分おニャン子ファンです。
※前と同じような内容になってしまいましたが、加護ちゃん復帰の報、キャンディーズのイベント開催の報に接し、あらためて色々感じましたので・・・・。
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