正義はあるのか?
一個人やメンバーが同じ価値観を持つ集団、もっと大きいところでは国家が、それぞれの価値観で正義を定め、それに基づいて理想を実現すべく、日々何らかの行動を起こしているのが人間社会であり、それらの集合体が世界情勢の実像と言えるでしょう。ひとつひとつの行動は決して小さくありませんが、より多くの人間が関わった事象がどうしても大きく扱われがちなのは、日頃からの報道機関の事件の扱い方で皆さんもよくご理解されているかと思います。
それぞれの価値観に基づいた正義は、立場が変われば、何の価値もないものに変化します。それだけならまだいいのですが、ややもすれば、正義は悪に変わり、憎悪の対象にさえなる可能性があります。中東諸国と西欧諸国、イラクとアメリカなどは正にそのお手本?ですね。
軍事独裁国家であるミャンマーでも、自分たちが勝手に思っている正義を振りかざし、他国の報道関係者を虫ケラ(虫さんに対して非常に失礼な表現ですが…)のように殺してしまうという痛ましい出来事がありました。日本人が意味もなく殺されているのですから、日本という国がもっと厳しく対応してもいいんじゃないかと思います。在日大使館の閉鎖と外交官の退去程度はやって当たり前です。シルベスタ・スタローン主演映画「ランボー」で、スタローンが演ずるランボーが「俺たちが国を愛したように国も俺たちを愛して欲しい」という言葉、今の日本には微塵もありません・・・。残念ながら。
日本を預かるバカ政治家は己の私利私欲だけにしか動きませんから、国民1人が死にました→相手は面倒臭そうなキチガイ国家です→ババ引きたくないし放っておくか、みたいなもんでしょ。
日本の政治家でこれに反論なんか出来る人間は一人もいないはず。反論したら、それこそキチガイです。国民の年金で揉めに揉めているのに、議員年金の優遇ぶりは全く手をつけず、政治資金に関してものらりくらり・・・。ええかげんにして欲しいです。ホント。
いつか何か変わるんでしょうかね?日本。
もっと身近なところでみてみましょう。正義を主張するのはいいのですが、やり方がいけませんね、亀田一家。
あまりにも低俗すぎて、見ているほうが恥ずかしいです。父親である史郎氏の影響が一番大きいので、父親はボクシング界から永久追放して欲しいです。
ちょっとここから先の私の考えは反対意見が圧倒的に多いかもしれません。
亀田三兄弟、はっきり言って、このままでは社会のゴミです。が、世間一般で常識と言われているような言動や考え方を身につければ、ボクサーとして大いに成長すると思います。考えてください。自分に対して非常に厳しいボクサー稼業、一応、亀田三兄弟はこなしています。あの鍛えられた体、彼らに文句罵声を浴びせている人間のどれほどが、彼らと同じような厳しい鍛錬を通じて同じような体をつくることが出来るでしょうか?
亀田三兄弟はボクサーをやれるだけの根性は持っていますし、努力家でもあると思います。ただ、親の育て方があまりにも劣悪だったために、人間性・社会性があまりにも欠如しています。その穴埋めをどこまで出来るか、彼らの将来は全てそこにかかっています。ぜひ頑張って欲しいと思います。
でもね・・・
亀田一家を食い物にしたTBS、放送免許返上くらいしたらどうですか?私は今回の1件で一番腹が立ったのはTBSです。TBSは何かと問題しか起こさない放送局なので、存在しなくてもいいでしょう。というか不要です。
最近、腹が立つことばかりですね、って私だけかな?
今日は前回に引き続き、平松愛理の4枚目のアルバム「redeem」の2曲目「一緒にあそぼう」を紹介します。
失恋した友人を励ます優しいOLのストーリーです。元気が出るようなメロディではありませんが、傷ついた心を優しく包み込むような歌詞とメロディーのハーモニー。失恋したとき、というよりは、凹んで優しさに触れたいときにお勧めの1曲です。平松節炸裂しています。今回のように腹立ってるときに気持ちを穏やかにしたいときなんかもいいですね。
※キチガイという言葉は差別用語であり放送禁止用語です。よい子のみなさんは使わないようにしましょう。ヘタしたら人間性疑われますよ・・・。私もだけど。
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